総合技術監理 予想問題 3-1 リスクマネジメント

問題3−1 リスクマネジメント

1. はじめに

技術者の業務上の事故はひと度起これば取り返しのつかないことが多く、リスクマネジメントは技術士業務における重要課題のひとつである。危険事象の予兆をいかに素早く感じ取り、理解し、対応するかがその鍵となる。こうしたリスクは企業活動のさまざまな分野に存在し、リスクによって企業価値が影響を受けるため,企業価値の分析がリスクの分析にもなる。

 企業価値を生み出す源泉としては、

@顧客資産(顧客,関連会社)

A従業員・供給者資産

B金融資産(現金,債権,借入金)

C物的資産(土地,建物,設備)

D組織資産(ブランド,システム,戦略)

を挙げることができ、これらすべてにリスクは内在している。

たとえば、不良品販売や不満足な顧客サービスなどは@の顧客資産にかかわるリスクであり,先の阪神淡路大震災はCの物的資産にかかわる大きなリスクであった。また,狂牛病騒ぎではDの組織資産としてのブランド(和牛)に被害を受けた畜産農家も多かった。

 

2. リスクマネジメントの定義

こうしたリスクを管理する方法を定めた「リスクマネジメント」規格では、下の表のABに示すように、大きく2つの概念が定義されている。

 

規格

JISQ2001 リスクマネジメントシステム構築のための指針

国際標準化機構:ISOガイド73JISTRQ0008

性格

企業全体に適用される包括的なシステムとしてのリスクマネジメント

問題解決プロセス(手法・ツール)としてのリスクマネジメント

定義

事業目的の達成を阻害するあらゆるリスクに対処するための枠組み

リスクマネジメントとは、リスクに関して組織を指揮し管理する調整された活動。※

事業継続計画との関係

特定のリスク(災害等)が発現した際に、どのように事業を継続するかという具体的な取り組みが「事業継続計画」となる。したがって、リスクマネジメントは事業継続計画(事業継続管理)を包含していることになる。

事業継続計画を検討する際に被害想定を行い、被害を軽減するための具体的な方策(例:保険の検討等)を講じることがリスクマネジメントに当たる。

 

 

つまり、表のAのように事業全体を包括する考えと、Bのようにリスクを問題解決とする考え方である。さらに、Bには次の4つの手順が定められている。

リスクアセスメント

リスク対応

リスクの受容

リスクコミュニケーション

 

3.リスク対応の手段

リスク対応は、リスク分析によって得られた結果(潜在的なリスク)を顕在化させないために、リスク回避、リスク最適化、リスク移転、リスク保有の4つの方法からなっており、臨機応変に使い分けることが肝要である。以下、リスク対応の4つの方法について説明する。  

 ()リスク回避

リスク因子を排除してしまう措置。リスク因子を持つことによって得られるプロフィット(利益)に対して、リスクの方が大きすぎる場合などに採用される。例えば、Webサイトの運営を行う事でホームページ改ざんのリスク因子が発生している場合はWebサイトの運用そのものをやめてしまうなどである。

 ()リスク最適化

リスクによる被害の発生を予防する措置をとったり、仮にリスクが顕在化してしまった場合でも被害を最小化するための措置である。予防保守等の損失予防、バックアップの取得などによる損失軽減、情報資産の分散によるリスク分離、システムの脆弱性を特定のエリアに集中させる等の方法がある。  

 () リスク移転

業務運営上のリスクを他社に転嫁する事でリスクに対応する方法で、リスクに対して保険をかける、リスク因子の業務をアウトソーシングするなどである。

 ()リスク保有

リスクが受容水準内に収まる場合や軽微なリスクで対応コストの方が損失コストより大きくなる場合、あるいはリスクが大きすぎてどうしようもない場合(戦争等)にはリスクをそのままにするケースである。

 

■リスクアセスメント

リスクの特性を評価することをリスクアセスメントと言う。そのひとつの手法としてリスクマップがある。これは図1のように、縦軸にリスクが顕在化した場合の被害の大きさ(衝撃度)、横軸にリスクが発生する可能性を取り,衝撃度と発生する可能性によってリスクを分類するといった手法である。

 衝撃が大きく発生の可能性が高いリスクをレッドゾーンリスク,発生の可能性は高いが衝撃の少ないリスクをグレーゾーンリスク,発生の可能性は低いが起こると甚大な被害をもたらすものをイエローゾーンリスク,発生の可能性も衝撃度も低いリスクをグリーンゾーンリスクと言う。

 レッドゾーンリスクは企業にとって重大な脅威となるものであり,最もリスクマネジメント能力が問われるものでもある。グレーゾーンリスクはさほど重要ではないものの発生の可能性が高く,早めに手を打って解決策を考えることが必要で,業務改善が求められるリスクである。イエローゾーンリスクは,めったに起こらないが起こったときは極めて重大なインパクトがあるリスクで,その代表として地震が挙げられる。この場合,それに備えて徹底的に準備し,対応策を整えるというのは実際問題として不可能なこともあり,発生時の強いリーダーシップが求められるリスクである。

 

■問題

実際の技術士の業務においてリスクを上手に管理するためリスクマネジメントを、各自の業務分野で行うには、どのように進めるべきか。

(1)      各自の業務でリスク対応を必要とする業務の概要を600字以内で略記せよ。

(2)      上記業務についてリスクアセスメントを行い、4タイプのリスク※についてそれぞれに相当する因子を2つずつあげ、総合技術管理の視点から、600字以内で述べよ。

(3)      上記(2)であげたリスクに対して、4タイプごとにそれぞれ1つ選定し、総合技術管理の視点から、リスク対応として@あるべき判断と、A実施すべき対応を各600字以内で述べよ。

※ただし、(2)(3)の総合技術管理の視点とは3つ以上の管理分野であること。

4タイプのリスクとは、レッドゾーンリスク、イエローゾーンリスク、グレーゾーンリスク、グリーンゾーンリスクのこと。

参考

http://www.jikeikai-group.or.jp/shinsuma/essay/essay_14.htm

http://www.tokiorisk.co.jp/risk_info/up_file/200403291.pdf 


(解答例)

リスク対応を必要とする業務の概要

業務は平成12年度に○○県○○市の丘陵地に計画された延長900mの広域農道トンネル工地質調査である。

 トンネル区間の地質構造および強度特性を把握し地山分類を行い、支保工および掘削工の選定を行うことを目的とした。

業務のリスク管理上の特徴は以下のとおりである

@           業務は山岳地での重量物運搬、発破作業、ボーリングマシンの運転等の危険な作業を伴う。

A           トンネル坑口付近は酪農家に近接し、多量に火薬を用いる弾性波探査は乳牛への影響が懸念され、周辺への影響が少ない探査方法選定を必要とした。

B           調査地には希少植物が分布する地域があり、機械の移動・搬入が制約される条件にあった。

C           住民が現地作業に対して、理解不足や不安からくる誤解・デマなどリスクの顕在化が予想された。

D           社会的受容を得るために、利害関係者に社会環境保全の取り組みを説明する責任があった。

私は業務の管理技術者としてプロジェクトマネジメントを実施し、以下のリスクアセスメントを実施した。

・重大事故を頂上事象とする、中間事象および原因事象を抽出しFT(フォールトツリー)を作成した。

     ボーリングや発破作業に関するあらゆるリスクを特定して、事故の発生確率、発生時の被害規模を事象結果と金額により定量的に検討した。

24タイプそれぞれに相当する因子

 (2)-1レッドゾーン

レッドゾーンは以下のリスクを最重要課題として特定した。

@ 発破やボーリング作業による人身事故は被災者への補償や社会的信用の失墜、営業停止処分など組織資産を損失し、企業価値に大きく影響を受ける。

A工期の遅延・設計ミスなどは顧客への信用失墜など顧客資産に大きな影響を受ける。

 (2)-2イエローゾーン

イエローゾーンは以下のリスクを特定した。

@大規模地震などの自然災害発生は頻度が極めて低いが物質資産に大きな被害を受ける。

A岩盤崩落、落石などは、作業員・設備資産に大きな影響を受ける。

(2)-3グレーゾーン

グレーゾーンは以下のリスクを特定した。

@資機材の搬入時に希少植物を損傷する。

A弾性波探査の発破使用による乳牛への影響

B理解不測や不安などからくる誤解やデマなどリスクが顕在化する。

(2)-4グリーンゾーン

グリーンゾーンは以下のリスクを特定した。

@問題とならない軽微な事故(軽い転倒など)。

A軽微な自然災害

3)リスク対応

3-1レッドゾーンリスク

@あるべき判断

業務では重大労働災害・設計ミスの発生を最重要課題とした。これら頂上事象が発生すると組織資産に重大な影響を及ぼすリスクに対して、最優先でリスク対策を実施した。

重大事故が発生した場合の損失を考慮して、安全性向上にコストを集中すること、多重チェック体制によるミス発生のリスク低減することがあるべき判断である。

A実施すべき対応

・課題の抽出は少人数のグループで自由に意見の出せるブレインストーミングや事例調査・インタビュー・アンケート調査を活用して、特性要因図により行った。

     安全装置などの設備の充実や作業内容の見直しをおこなった。

     機械操作のヒューマンエラー防止は、安全訓練と装備の整備によりリスク低減を図った。

・工程管理はPERTを採用し、クリティカルパス上にあるボーリング作業が、後続作業に影響がない様に実働班を増やして、工程の短縮化に努めた。

・これにより現場作業員の負荷低減で、事故発生のリスク低減ができた。

・社内LANフォルダに文書・表計算フォーマットを作成して、情報の共有化をはかり、業務の効率化を達成した。

・入力ミスや転記ミスのリスクが特定され、多重チェック体制をとることによりリスク削減ができた。

・多重チェック体制は人員配置増になったがミスの未然防止ができたため、トータルコストは低減できたと考える。

3-2イエローゾーンリスク

@あるべき判断

岩盤崩落や大規模な自然災害などの頻度が極めて少ないリスクは、対策に費用がかかり過ぎるため、無駄になりリスク保有ないしリスク移転対策があるべき判断である。

A実施すべき対応

・不測の事態に備えリスク移転(保険加入)を図った。

・岩盤崩落や大規模自然災害などの頻度が少ないリスクは保有した。

・緊急事態に備え危機管理を検討して、迅速な対応が出来るよう情報収集、伝達、処理方法を整備した。

3-3グレーゾーンリスク

@あるべき判断

弾性波探査による発破、希少植物の保護、地元住民への説明責任は、災害規模、発生率がリスク基準を超えるためリスク低減対策をすることがあるべき判断である。

A実施すべき対応

     酪農家近接個所では、弾性波探査よりも騒音、振動の少ない探査方法(レイリー波探査)に変更してリスク削減を図った。

     希少植物が分布する地域の資機材の搬入は、植生区域を迂回し重大事故のリスクを回避した。

・理解不足や不安からくる誤解やデマなどリスクの顕在化を防止するために、地元説明会を実施した。

・説明会では、調査の目的・内容・期間・立入り区域など、プレゼンテーションソフトを利用し住民が容易に理解してもらえるよう工夫した。

・これら地元説明会やチラシ広報活動により環境アカウンタビリティを果たした。

3-4グリーンゾーンリスク

@あるべき判断

軽微な事故・災害はリスク保有としたが、リスクの顕在化を防止するため、安全に対する日常的活動は継続して実施した。

A実施すべき対応

     ヒヤリハット・定期点検などの未然防止活動を実施し重大事故の発生を予防した。     

以上、総合技術監理は5つの管理を独立して行うのではなく、互いに有機的に関連づけて矛盾の解決・調整を行うための管理技術を身に付ける必要がある。以上



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